名古屋からの沖縄移住

« Febbraio 2008 | メイン

31.03.08

…とまぁ 一週間あまりの滞在で、1月に島から帰ってきたのですが

今では すっかり、名古屋は 春。 ちょっと 風が強いけどね 

今日あたり、桜も満開。
庭のスミレも可憐に咲いてる。…すみれちゃん元気かな~
sumire

長く感じた冬。 寒いのは苦手だ。

あ~ 寒い冬が終わって、暖かくなってきて嬉しい。

うらら うらうら と・・ ひねもすは うららかな陽の差し込む窓際でのたりのたりなのだが 
この春はひねもす、忙しいのだ。

実は島へ引越しすることになったんだわ。
しかも あさって。

いかん 筆が追いついてないって…。一体何が起きたんだ?ひねもす。

のたりするヒマもなく、これ書いたら ちゃっちゃとパソコン梱包しちゃいます。

え? なにこの展開。 何の前触れもなく? 

まてパニくるな。ちゃんと訳があるんだ。
筆がついていってないんだ。

なんだそうかぁ。

じゃっ 行ってきま~~~すぅ

わ~ ちょっとちょっと待ってよ!説明はァ?

はぁ?

だから はぁ?じゃなくて!

んでは 次回、沖縄からお届けします。

はしょったね。

投稿者 名古屋おんな : 22:23 | コメント (0)

17.03.08

『昭和20年終戦の年 私は10歳でした。

 私にとっては3月とは冬でも春でもなく、肌寒い陽気 庭の雑草が猛々しい空襲の季節。

昭和20年3月11日昼頃から12日朝方まで(要するに真夜中)
東京から名古屋をB29の大群が襲った。

名古屋は3回の大空襲でほぼ全滅。

その中で我が家も含まれる。 3月12日 私にとって消えようのないあの日がやってきた。

東京から名古屋へ家族で引っ越して私は3歳くらいだそうで(自分では覚えてないが)
3歳から10歳(小学校3年生)まで過ごした。
3月11日の昼頃 空襲警報が発令されすぐB29の爆音が東から近づいてきた。
軽い投下音に続いて低い音。
焼夷弾が落ちてくるぞーォ!!と誰かが叫んだ。
雨あられと落ちてきた。 ザァーッポンポンさらにカンカン!!と甲高い衝突音 耳が痛い程響いてきた。
皆んな一斉に防空壕(堀穴のこと)に避難した。
%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AD%EF%BC%93.jpg

時間の経過は定かではないが 音がやっとやんで振り返ると 何十軒あった家々が 
ななーぁんと焼け野原になっていた。もちろん我が家はなにもない。
東京湾から突進したおびただしい数のB29を見た。
怖いというより空から降ってくる焼夷弾は
 太陽の光でキラッキラッとまるで花火が落ちてくるようで(その日は晴天)美しかった。
無差別焼夷弾爆撃である。

その後泣きながら焼け跡を片付けているかあちゃんの後姿を見て 悲しくってそばにいけなかった。
周辺の人達も皆んな同じである。
空襲の後、父ちゃんが1日働いて、うどんが2把しか買えないムチャクチャな時代
金があっても物がない、着る物もない。中学生になってもツギ当ての上にツギ当てをして通った。
しかしうちよりビンボーでボッロボロの格好で中学に来ていた同級生の男の子がいた。

戦争はやっと終わりを迎えた。
世の中も我が家もすっごくひもじくって食べ物も満足になく
敵軍に怯えて息をひそめて毎日を過ごした。 意味のない戦いと思っていた。
こんな不毛なことを経験した私たち年代。

空襲にあうまで、7年間過ごした名古屋の家の片住まいを今もはっきり覚えている。
四軒長屋の真中が私たちの家族、向かえの一軒は沖縄の人で 
名前は赤峯さんといって7人家族だった。
その両横の十二軒程の長屋に朝鮮の人達が住んでいて朝鮮の子供達とよく遊んだ。
おじさんもおばさんもいい人だった。

戦争が終わった後、たしか翌年の昭和21年春頃
「朝鮮へ帰ります」と挨拶に来た。

彼らは幸せになっただろうか?』


※後日談※

「うちよりビンボーでボッロボロの格好で中学に来ていた同級生の男の子」は
中学を卒業してから数年後の同窓会で会った時には社長になっていたそうだ。

投稿者 名古屋おんな : 20:58 | コメント (0)

「つかれたでしょ~!! こんな時は池につかると疲れ取れるさぁ~」

・・腹にグッと力を入れて 「家のシャワーでもいいんだよ、お義母さん。」 といってみた。

沖縄の家は、風呂釜ないしね。銭湯行かないと湯船に浸かれないのよ。
でも いいの、それでも。出掛けるほうがアタシにとっては疲れるの。

「な~にいってるの~! 疲れ取れないさぁね!」

う~ん・・……し・・しぶとい 
まぁ このまま銭湯直行で歯磨きさせて、子供はすぐ寝かせばいいか・…。

と思いきや


銭湯、休みだった。 


「あ~がや~な~!! 困ったねぇ~!」

今だっ
うちらシャワーでいいからさ 帰ろう・・と言わないと

「よし! あそこいこう!ホテルのお風呂に行くさ~!上等だよ~!」

上等な風呂、いいって。シャワーでいいんだってお義母さん。
もう子供も寝かさないといけないし。

「あんたナニ言ってんの!疲れが取れるんだよ~!!! あんたの為に言ってるんだよ~!!」

お義母さん・・……


わかった!行くわ!上等な風呂!!

「はいはいそうと決まったら早く早く~ 車歩かせて~!」


またしても負けた。


もうすでに夜の10時だった。


haiboku.jpg

投稿者 名古屋おんな : 20:21 | コメント (0)

昼はミジュンカレー。
一晩寝かせて まろやかになって、かなり美味。


そしてこの日、午後のフェリーで那覇へ出た。

赤嶺駅近くのアルティックにて、お目当てのお土産を買う。

べべべ 紅芋タルトよぉぉ これが食べたかったのよぉぉ
沖縄土産のオススメは 色々ありますがアタシはコレっ 

%E3%81%B9%E3%81%AB%E3%81%84%E3%82%82%E3%81%9F%E3%82%8B%E3%81%A8.jpg

そして ・・  ふぅ。

やはり、いかねばならないだろうて。 

しかしいくら相手が望もうと、自分を見失ってはいけない。

こんどこそ相手のペースに巻き込まれないようにするぞ・・

提案される前に 自分の意見をあらかじめ準備しといて、是非うちらのペースにもっていく。
思いつきで行動されてはアタシの体が持たないからね。

どんなにせかされても平常心だ、平常心。

頑張ろう、 と気合を入れて …


 義母に会う。

投稿者 名古屋おんな : 19:33 | コメント (0)