名古屋からの沖縄移住

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31.12.06

♪今日からあたし 赤味噌の人になるぅ~うう~うう~↑

 というわけで 名古屋に戻ってまいりました。

bugen.JPG
この陽射し、大好きだったブーゲンビリア・・  沖縄よ またいずれ。

…は いいんだけど~ なにしろさぶいわ!ココは、さぶすぎるわぁっ!!!!

投稿者 名古屋おんな : 00:28 | コメント (0)

29.12.06

最後の授業の日に、教室で一人ずつお菓子とお手紙を手渡しした息子。
下校時にあわせて小学校へ転校届をもらいに行くと 保育園から一緒だった女の子が私に抱きついてきた。
「ゆうき、ひっこししちゃうの?」まとわりついて中々離れなかった。「仲良くしてくれてありがとう」と言った。

その日は学校から寄せ書きをもらって帰ってきまして 母ちゃん、読むのワクワクしちゃってさ~。
なのに「おかあさん!よまないで!」と言われたワイ。 なんでぇ? 

なので 寝静まった深夜に(またか)こっそりと。

画用紙に小さな色がみ一枚のスペースの中にクラスメイトから贈る言葉が書かれてる…
どのコと仲が良かったのかなァと想像しながら。どらどら~?

「ゆうきさん なごやにいってもげんきでね」やら「べんきょうがんばってください」というのが圧倒的に多く。
なんだ~何書いていいかわかんないのかな~?と思っていたら
ひとりだけびっしりと書き込んでた女のコがいたいた!
何回か一緒に遊んだことのあるキヨちゃんだわ~。

彼女は入学時から隣の席で出席番号も同じ9番、学校の中でも行動を共にする機会がよくあったらしい。キヨママが言うことにはキヨちゃんは家で「ゆうきくんは やさしい」と いってたらしい。それを聞いて胸がムズッとくすぐったかった母であった。そんなキヨちゃんは何て書いてくれたんだろう?

 「ゆうき いっしょにうみにいってたのしかったよ 

 なごやにいっても おべんきょうがんばってね 

               またあえるとおもうよ」

PTAの役員だったので打ち合わせのためによくキヨちゃん宅を訪ねたこともあり それが縁で、島に海水浴に誘ったときは 本人同士は一緒に遊ぶといった雰囲気ではなかったが、キヨちゃん家族の中に息子と娘が乱入してはしゃいでるといった感じで海で一日過ごしたことがあった。

それが心に残ってるらしい。

ちいさな折り紙にぎっちりと、しかも 「ゆうきくん」の「くん」をわざわざ消しゴムで消して「ゆうき」と書き直してるところに女心を感じる。だって感じるよね?
それに、「またあえる・・」と書いてくれたのはこの子だけだ。他の子は「さようなら」で締めくくってあるし。
キヨちゃんは自衛隊の子供なので一年したらまたお父さんの転勤があるという。
教室の3分の1は自衛隊員の子だという航空自衛隊周辺の小学校である。

彼女は今度どこで暮らすことになるんだろうね。

 つたない文字から溢れる小さな胸の内を想像して、母の胸はキュンキュンしっぱなし…なのだった。 

 

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投稿者 名古屋おんな : 13:01 | コメント (0)

22.12.06

子供たちに「みんなとお別れだから、なにか贈ろうか?」と提案してところ
 「てがみも かく~」という息子。
学校と保育園に、お別れの品を配るため、サンエーでお菓子を選び、折り紙を買った。
ひとりづつに折り紙にお手紙を書き、小さな手で丁寧にお菓子をビニールに包む。
娘もそれを真似て自分でお菓子を入れた。手紙は私が書いた。

息子よ・・・どんなこと書くんだろうと興味津々のワタクシ。

「どんなことかいたの?」 とニヒニヒ聞くと 「だめ みないで!」 と隠すのだ。 ふぅぅ~ん…

まぁ 5人くらい書いてしんどくなったらしい お手紙が中々進まない。・・・息子が眠った後に 洗濯物を畳みつつ ふと箱に収めたビニール包みに目をやる私・・・

こっそり手紙を取り出してヌスミ読みしちゃうもんね。
 だってかあちゃん、何書いたか知りたいんだもぉぉ~~ん  どらどら?

 「しょうや きみとはいつもあそんだね」 ・・・うん まともなこと書いてるな 仲良かったのかな?

 「たくま きみとはいつも よやくしたね」 ・・・何の予約だ? そこんとこ詳しく書いたほうが良いのになぁ。


 「しょうき きみはいつも おおきなこえで でも かんがえながらしゃべってね」

             ・・・オイオイ こんなこと書いていいのかぁ!かあちゃん これはどうかと思うよ?


その後、「あんまりはなししたことない おんなのことかいるし、かくことが ない~」と頭を抱えていたので
「元気でね!ってひとことでいいんじゃないの?」とアドバイスして 結局3日掛かって書き上げたのだった。

最初に書いた「きみは…」で始まるお手紙は どうやら書き直しをしたようだ。
抜いてテレビの横にさりげに置いてあったんで かあちゃんさりげに保管しといたった。記念になるだろうか・

息子のクラスは38名、娘のクラスは15名であった。それぞれ箱に分けてセッティング終わり、それを見ながら…いよいよ名古屋に行くんだなぁと感慨にふける母だわ。


沖縄の子供は 名前を呼び捨てにして呼び合う。
公園で初めて会う子供でも「おまえ、なまえなんてゆうの?」「ゆうき」「ふうん。ゆうき、あそぼう!」「うん」…てな具合で一瞬にして受け入れてくれている。
どこにでもいろんな子供はいると思うが そんな場面に出くわすと、子供にとっては沖縄はお友達パラダイスなのかなぁと思ったりする。

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島は特にそうかも。子供自体が少ないってのもあって、おそらく島中の子供はみんな顔見知りだと思われる。それによその大人の目が行き届いてるっつうか。「おまえなんか宿題やったか?」とかどこかで出くわしても気軽に声掛けしたりする大人も多いようにみえる。まぁ それが本来の地域の子育てなんかな。

くる人みんな 受け入れる。誰とでも話を交わせる、そんな雰囲気を沖縄で子供達は体感できてたらいいかな と思った。

投稿者 名古屋おんな : 14:38 | コメント (0)

21.12.06

名古屋に帰る前に、孫に会わせていこうと思い立つ。
「おばあちゃんちに行くよ~」

息子はおばぁちゃんとこに行くといつも怒鳴られるので←(声が大きいもんでビビるんだわ)
「おれ、うちにいるぅ」というから留守番。
「あ~ちゃん、おばあちゃんだーいすき」というから娘のみ連れて義母ンちを訪ねた。

「どうするかね~ 子供なんか泳がせようね~」と浜比嘉島へドライブに行くことになった。
「ウチにくる時はちゃんと水着と着替えを持ってくるんだよ~!」
 と いつも言われているのでこの日も持っていったのだった。

浜比嘉島は、海中道路を通って陸続きになってる島だ。
ここは静かで何の変哲もない。
hamahiga2.JPG

大量の魚網が防波堤に干してあった。
ami.JPG

ところがよ 「あいえな~っ!Tシャツ忘れてきてるさ~っ」と義母。
 …水着の上にTシャツを羽織るつもりだったらしい。さすがに風が強いかぁ いやデブ隠しか
「♪あ~がや~な~ …仕方ないさ~もう デブでござるよ~」と 開き直って、のっしのっし娘を連れて海に入っていった。
kai.JPG
私は浜で小さな貝殻を拾った。

チワワのリーリーとラッキーは流木につながれて、海風に吹かれブルブル振るえている。寒がりな犬なのだ。

義母は娘に泳ぎを教えてくれている。「海に入ったら子供と一緒に遊ばないでどーする!?」

…聞こえないフリして ココはなかなか小さな貝が多いな~…っとぉ。
いつもそうやって子供たちと海に入って泳ぎを教えてくれる。

 思い出す。沖縄の暑さのせいか、はたまた義母にポイントカードあるからそこのサンエー寄ってくれだのごみ袋がなくなったからあそこの安売りの店に連れてってくれだの拝みに行くから線香買わないといけないさ~だのあんたもついでにキッチンペーパー買いなさい一人一個だからあんたも並ぶといいさ~だの子供なんかにアイスクリーム買う約束してしまったさ~ブルーシール入ろうね~だの連れまわされるせいか、いつも疲れやすかった私は「あんたは体が弱いさ~」といわれていた。
運転中は栄養ドリンクを飲まされ、家ではよくニンニクを食わされた。
それでも疲れて義母んちで寝かしてもらって子供達を公園に連れて行ってもらったこともあった。
泊まった翌朝は「ゆしどうふ食べるね~?」と聞かれ うっかり「うん」なんて言おうもんなら「じゃあ今から歩いて買ってくるさ~!」と半分怒りながら買いに行くのだった。
…とめどなく出てくる。

帰り道、車の窓を全開にして海中道路を走った。

喜納昌吉の「花」が流れてきたので 義母と一緒に大声で歌った。


  川は流れて どこどこ行くの
  人も流れて どこどこ行くの
  そんな流れが付く頃には
  花として花として 咲かせてあげたい
  泣きなさい笑いなさい
  いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ

  涙流れて どこどこ行くの
  愛も流れて どこどこ行くの
  そんな流れを このうちに
  花として花として 迎えてあげたい
  泣きなさい笑いなさい
  いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ   
  
  花は花として 笑いもできる
  人は人として 涙も流す
  それが自然の 唄なのさ
  心の中に 心の中に 花を咲かそうよ

  泣きなさい笑いなさい
  いついつまでも いついつまでも 花を掴もうよ
  泣きなさい笑いなさい
  いついつまでも いついつまでも 花を掴もうよ

フロントガラスがぼやけて前が見えない。「おかぁ~ いろいろありがとうねー」と言ってみた。
「どういたしまして~ なにもできなくてさ~。長い休みのときは遊びに来いよ~」と義母が言った。

あけっぴろげでまるで警戒心のないところが無防備で危なっかしい義母。だが誰に対しても初めて会う人にも「たすけてくれな~い?」と臆面なくいえる所に、独りで生きてきた強さとたくましさがある。3人兄弟の末っ子であるオットが7歳のとき、どうしても子供達を手放さなくてはいけなかった義母。
30年以上毎日、子供の無事と健康を祈り続けてきた義母。

「あんたは名古屋に行っても、沖縄の嫁だよ~忘れちゃいけないよ~。家族のために毎日、拝みしなさいよ~」

 おカァは真っ赤な目で私にそう言った。

投稿者 名古屋おんな : 23:27 | コメント (0)

13.12.06

「お茶でも飲みにいくかぁー」 

オットに誘われて入ったのは、打ち合わせでよく使っていたという 那覇市内にあるアジアンカフェ・「Chai Dee」である。
子供達を学校、保育園に見送ったあと バイクでブイっと2ケツしてやって来た。
店内シックで落ち着くが暗いので窓際に座る。chai.JPG

アジアンデザートはバイキングで豊富、だが今回オーダーしたのは 生チョコシフォンケーキ ワンホール。
ケーキは、わしっとわしづかんで食べるのだ。アジアだからな。(フォークもついてたけどね)
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そして チャイはホットに限る。沖縄も随分と涼しくなったのだ。

「潜水馬鹿」Tシャツを着ているオットはそのものズバリ潜水馬鹿。
sensui.JPG


これ、馬鹿シリーズで色んなロゴがあるんだよね~
この潜水馬鹿が着るTシャツは国際通りで売ってます。

「ゆっくり お茶する余裕もなかったなぁ 」 「そうだよねぇ」
フリーはお気楽なようで中々時間に忙殺されるものなのだ。こうしてあらためてお茶しにいく事は珍しかったりするのだ。

投稿者 名古屋おんな : 22:27 | コメント (0)