名古屋からの沖縄移住

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22.02.06

ちょっと前に スターフルーツをいただいた。 名前のごとく、星の形の果物である。
以前から市場なんかで見かけて気になっていた果物だったが、自分で買う事もなくはじめて食べることになったのだ!

ジャーン 切ってみた。

suta_furu_tu.jpg

娘が「ほら、お星ちゃまだよ おかァちゃん!」と大喜びである。
小さなタネも輪切りになっちゃってるけどまあいいか とっても良い香りがする。
皮は柔らかくて薄い。むくまでもないだろうと皮ごと食べてみると
 甘酸っぱくてシャクシャクしてて後味さっぱり。結構ジューシーなのね。…ナシ みたい?
でもね 繊維とタネが口に残って、噛み締めたあと 何故か素直に飲み込めないのよ。覚悟がいるの。
まあ何といっても形が可愛いがね~ だって、お星ちゃまだよ?
よくまあ自然にこんな形になったものよねー とつい感心しちゃうがね。だからもしスターフルーツが丸かったら…こんなにもてはやされる事もなかったかもしれんね。
なんて思ってみた。

投稿者 名古屋おんな : 23:49 | コメント (0)

17.02.06

線香なんかが売ってる側に「紙のお札」がよく売られている。「便紙」といったり、色んな名前で呼ばれてるようだが、まるい模様が写し取られた跡がある、黄色いヤワヤワの和紙である。
まるい模様は どうも小銭を写しとったものと思われる。

オキナワ独特だと思うが、仏前やお墓の前でこれを燃やして、あの世の人にこずかいを持たす、という慣わしがあるんだわ。

「これは○○からよ~ オジイ~受けとれよ~」とかいって 一束ずつ燃やしていくのである。
binsi.gif

島義母からこんな話も聞いた。
「○○さんとこのオバアが亡くなってシジュウゴニチの時よ、『お世話になった人に挨拶して廻るけどお金が足りなくて橋が渡れないから』と言って、催促があったってヨ~」

「へ~え…あの世も物入りなのね。はは」 と言ってみたものの…

亡くなった人がそう言ったって?ホントにィ!…聞こえたってどう言う事よ!? と言う言葉を飲み込み

そっかぁ~ そんなこともあるかもしれないね~ という気にもなっている今日この頃。
なんせ 不思議ワールド・オキナワだからな。

そんなのを聞いてると、死んだら ハイッおしまい!で、幕。…でパッサリ終わるもんでもないと感じてしまう。
ご先祖を想って節目節目をきっちりやる事は大切なんだと思うんだわ。
本土にいるときはそんな事、ひとっ…かけらも思う機会がなかったけどね。
それを知る事が出来た、というだけでも 沖縄に来た意味があったと思うよ あたしは。

まだやり方も教わってないけど、そのうち伝授される日が訪れるだろうと思う。
というか、見て覚えろってこと?

オキナワのしきたりに乗っ取って、亡くなった人もそれを信じてる、という様にも考えられるよね。

それか、もしかして全ては残された人の幻想なのか?
いや やっぱりオキナワは特別な地なのだろうか・・・。

答えは自分がツボに入った時に全てが解明されるって事かい?
それまでこのブログが続いてたら報告できるな。ん?続いてても更新できないしな。
んじゃパソコン燃やしてもらう?
ていうか、まだツボには入らんて!!

投稿者 名古屋おんな : 15:39 | コメント (0)

09.02.06

オットのオジイの命日だったので島に行って来た。
前日、ぜったいにおいしいおまんじゅうをお供えしてあげようと探していたら、ジャスコで京都物産展をやっていたので そこで、どっしりと大きくてとってもおいしそうな桜餅とヨモギ餅を選んだ。
ニッコニコの顔で「オレ、これがいいー!」と栗大福を指差す息子。
なーにぃ~!あんたに買ったるんじゃないんだて!オジイになんだて!…まあ後でウチらの口にはいるんだけどな。 うんも~ 栗大福も入れたったがね。

島へ渡る船が修理に出ていた為 1日1便しかなく、平日に保育園をお休みにして一泊で行く事にした。
ついでにいうとオバアの命日が1月1日で、その時は義兄の子供らも帰ってきていて(島は高校がないので中学校を出ると本島で一人暮しをする。)
その時はいつになく賑やかだった。拝む人数分の線香が、つけた先から勢いよく燃えてすぐになくなったのを見て島義母が
「あ~オバアが喜んでるさね~」という話しをしていたのだ。
そんなのを見て、いつもは島義母と義兄でひっそりとやっていたというオジイの命日にも来たかったのだ。
オキナワに来てからは なんだかオジイの存在の大きさを感じるしな。

潜りの名人といわれていたオジイは 戦時中の赴任地パラオで、橋を架けるために素潜りして橋の基礎を打ったという。その戦地で片腕をなくしたオジイ。
パラオでは6人の子をもうけたが現地で幼くして3人の子を亡くしている。

戦後は、アメリカ人の家の庭の草刈りを片腕でこなす努力家であり、片腕で潜る海人(うみんちゅ)であった。

 悲しみは計りしれない。 それでも一生懸命に生きたオジイ

泳ぎが上手だったオジイに連れられて、幼いオットは一緒に海へ出ていた。海が好きになったのはオジイの影響だろう。

夜はオジイの好きだったという てびちのおでん。お昼ご飯を食べてすぐ、てびちを大ナベにゴロンゴロン入れ、たっぷりのお湯で炊いて茹でこぼし、タワシできれいに洗う。
大根人参縛り昆布、玉子にちくわこんにゃく。大ナベに入りきらず2つの大ナベに分けて炊く。
オジイ、いつも見守ってくれて有難う。
離れたこの家族を引き合わせてくれて有難う。

今夜も幸せな食卓になりますように そう願いながら、お皿におでんを入れた。
meiniti.gif


投稿者 名古屋おんな : 11:13 | コメント (0)

01.02.06

生活発表会当日は、我が子を見逃すまいとカメラを構えるお父さん達がチラホラと舞台前を陣取っていた。
中でも際立って前に繰り出してるのが、我が家のお父さんである。
ところで、毎年この保育園ではカメラ屋さんを雇ってビデオ撮影してもらうのが恒例となっているが、
今回に限って、頼み忘れていたらしく…カメラマンが来ていなかったのだ。
しかし 先生達の誰もが、この舞台の前ででっかいカメラを構えてるオジさんをカメラ屋さんの人と思ったらしく「ああ 来てるさね~」と暗黙のうちに安心してしばらく誰も気が付かなかったらしい。
…いうまでもなくこのオジさん、我が家のお父さんだがね。しかも構えてるのビデオじゃなくカメラなのに。
そんで 途中で気付いた先生達、一時騒然となる。
園で出すビデオを当てにして、自分トコでは撮らないおウチもあり
その後、「撮れてませんでした…」という園の話に「そんなぁーっ!」ということになり、先生 苦肉の策で、お父さん達が撮ったビデオを寄せ集めてひとつのビデオに編集してもらおうという話になったそうで。

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しかし…自分の子供、寄りぬきでアップで撮ったようなお父さんビデオ かぁ。上手くつながるんだろうか?
考えただけでも フフフ…。

投稿者 名古屋おんな : 15:16 | コメント (0)