2008年03月19日
さよなら!ありがとう!ブル号

このタイトルにピンときた人は、たぶん内地時代からのゲストさん、元スタッフではないでしょうか。
内地での店名から愛称として付けていました。
かれこれ8年間、よくぞ耐えてくれました!
色々な想い出がよみがえります。
福岡を基点に山口の青海島、博多の志賀島・二見ヶ浦、長崎の香焼、宮崎、鹿児島などなど朝早くから夜遅くまでフル稼働でよく働いてくれました。
沖縄でも北の端から南の端までお疲れ様でした。
数千人のゲストを乗せてポイントへ向かう道中では世間話から地球規模の話しまでこの空間でしてきました。
汗と海水にまみれて本当に頑張ってくれたブル号に感謝です。

そして新旧交代の新しい車です。
ゲストの皆様を快適にそして安全に運ぶ為にこの度交換しました。
元々キャンピングカー仕様だったので内装が非常に落ち着き、もちろんシートはヘッド付きのリクライン。
4WD仕様なのでディープなやんばる探検や海際まで入っていけてカヤック運搬など楽チンです。

横のドアの上部には伸びちじみするサンルーフが付いていて、夏の暑い強い日ざしの下でも屋根の下で涼を取りながらログ付けや昼食が快適にできそうです。
色んな思い出と、ワクワクするこれからのイメージに夢を膨らませていきましょう。
新しいライトブレインズ号をどうぞよろしく!
スタッフ共々皆様とお会い出来る日を楽しみに、お待ちしております。
2007年11月09日
精神性のある地鎮祭

ようやく理想郷のゲレンデの地鎮祭を執り行うことができました。
内地の我々が、「ここがいい」という一存で沖縄の土地を不動産屋さんを通さずに購入するわけですから、本当に紆余曲折ありました。感慨もひとしおです。
しかも地鎮祭をやるのも初めてでしたので、何をどうやっていいのかわからず色々相談した結果、形式ではなく気持ちでやりましょう、ということになりました。
そこで、いぜんよりよく知っているスピリット・ヒーラーさんにお願いして土地の浄化並びに土地にまつわる騒動などを清め鎮めてもらう儀式を心を込めてやって頂きました。
参加者も身内とお世話になった方々など10数名ほどでやりました。
今まで横目で見ていた地鎮祭は、神主さんがいて、関係者が礼服を着て、かしこまったイメージでしたがまったくそれとは違ってラフなスタイルではありましたが、一つ一つの儀式に思いを込めてくださったように思います。
興味深かったところでは、一升ますに清めの塩を盛り、その中に砂とそのまた中に色紙で作った七色の小さな紙片を入れて、これは家をイメージしてその中に様々な幸運が舞い込むようにとつくって頂き、それを土地の四方八方、計12箇所に穴を掘って入れていく作業や、清めた水と酒と甘茶(お釈迦様が飲まれた)それにお米をまぜた液体を土地全体に散布していき本当に土地が清まった感じがしました。
そしてなにより祈祷の内容にもちょっとびっくりしました。
なぜって、自分がいつも願っていることがらをヒーラーさんが言葉に出して土地の神様に話しかけているのです。後で聞いたら、スーッと頭に入ってきたらしいのですが以前にもこの方には自分のことで同様のことがあったので違和感なく受け入れられました。
沖縄はスピリチュアルな方が多く、前々からそういう方とお会いしていますが、このかたはやはり本物でした。今回は後ろから見ていても体の回りにオーラのようなものが見えました。
そういうわけで、精神性を重んじて心から儀式ができてこれであとは「癒しの場」をせっせと作っていきたいと思っています。
ただ、いかんせん資金がないので手作業の部分も多くいつになるかは「神のみぞ知る」です。
悪しからず。
ここまで色々お世話になった方々に感謝いたします。
有難うございました。そしてこれからもよろしくお願い致します。
2007年07月24日
TV出演~出会い

今年はいったいなんなんだろうか。次から次へとテレビの依頼が相次いでいる。
一応趣旨をお聞きしてあまりそぐわないものは遠慮させてもらったが、今回も沖縄の魅力を自然から伝えると言う番組なので協力させていただいた。
今回はまず、あのディアマンテスのアルベルト城間さんと、次回の収録でリバートレッキングをご一緒するリポーターの邑田みさきさんとスタジオ収録してきた。
特にハイビジョン放送と言う事で最初に化粧をするのだが、鼻毛を数本カットされ入念にファンデーションを塗り込められた。それでなくても顔が大きいのにTVでは尚大きく見えるんだろうな。できるだけ小顔に化粧をして欲しいと一瞬思った。
さて、収録の合間にはみんなが緊張をほぐそうといろんな話しを話しかけてくれるのがよくわかった。
ありがたい心遣い。ディレクターも名護出身とかで気合が入っている。
アルベルトさんはペルーの日系3世で20歳までペルーで育ち、その後日本で歌を歌うために移り住み、今は祖父母の沖縄と家族のいる東京で半々の生活をしていると語ってくれた。
自分は、NHKの「青春のポップス」という番組で加山雄三さんや尾崎紀世彦さんと対等に素晴らしい声量で歌っているアルベルトさんを見ていたので、感激もひとしおだ。
中でも、彼が沖縄に移り住んできた時には祖父母の郷がここ名護の屋我地だということで一気に親近感が沸いた。「名護商店街の***という倶楽部ハウスの人は親戚だよ」なんていう話が出たときには近所の人に思えてきた。
そしてこれから我々が計画しているゲレンデ癒しの場の理想郷計画もお話ししたら、野外でのミニコンサートに乗り気になっていただいて、事務所の社長さんまで紹介してくださって「是非企画してください。」って、「いちゃりばちょうで(出会えばみな兄弟)」を久しぶりに実感したな。
実は、癒しの場を創った暁には自然にマッチした味のある歌い手を呼びたいなって以前から思っていたのでひょっとしたらこの出会いが・・・なんてね。
思い信じ込むと実現するってなんかの成功法則でもいってたな。
たぶん、必然性があればそんな流れになるのだろうね。
放送は8月25日午後8:00~8:54のゴールデン。但しBS日テレでの全国放送。
リバートレッキングの収録もこれからやるので面白いものに仕上がったらいいね。
乞うご期待!
2007年06月20日
2007年6月22日夏至 地球温暖化防止でギネス!

昨日までの豪雨はどこへ行ったのだろう。
沖縄は久しぶりに超いい天気!やっぱり青空はいいね!!
そして、明後日22日は日本全国夏至。
この日の夜の20:00~22:00まで電気を消してキャンドルナイトで2時間を過ごそうと全国的に動いている。
CO2(二酸化炭素)を減らして地球温暖化にストップをかけることが目的だ。
うちのカミサンも北部の窓口なので、今一所懸命活動中。
思えば環境活動はずいぶん前からやってきたが、火付け役の自分よりもカミサンの方が今では積極的行動を確立している。
昨日も市役所に行って教育委員会の許可の元、二人して各学校の伝達箱?に生徒の数だけ今回の
号外を入れさせてもらった。
この号外、名づけて「豪快な号外」と言う。
日本の全世帯数4900万部にこの号外を配布し、この2時間だけでも電気を止めてキャンドルで過ごせば
日本の原子力発電所が2基止まるそうだ。
詳しくは下記アドレスを是非覗いて欲しい。著名人も賛同者が一杯いる。
http://www.teamgogo.net/
そして、後日電力会社にデーターの問い合わせをし、顕著な素晴らしい効果が出れば、まず、ギネスに載せ、次にこれを全世界に発信しマスメディアも取り上げ、ついにはアメリカ、中国などCO2の大排出国にも影響が出るだろうというもの。
自分は、何ができるのか?・・・現在、コンビニとスーパーでは極力ビニール袋は拒否している。そしてマイハシもすこしずつ使っている。仕事柄、未だ完全な習慣になってない。
とにかく、この言いだしっぺの男、天つくマン(天国は作るもの、代表)という。吉本新喜劇のお笑いからスタートし沖縄で自主映画「107+1天国は作るもの」を作成し全国で上映し、多くの共感を呼び今回に至っている。とにかく何でも楽しくやることが大事、ということで例えば、ゴミを捨てる人よりもゴミを拾う人を多くすればええんじゃない、っていうユニークな考えの持ち主。
彼も数年前は乗りでやって何かをつかもうとしていたが、段々「ライフスタイル」を改めることに目が向いてきたので自分のコンセプト「本来的な生き方」と交わり共感が持てるようになった。
人間、行きつく先は生き方の探求なのだ。
そう思わない?
22日を楽しもう!
2007年04月19日
浜下り

本日は、沖縄の旧暦の3月3日にあたり、「浜下り(はまうり)」の日です。
本来はその昔、ある女性が美男子に化けた蛇(アカマタ)の子供を身ごもった為、下半身を清めて元に戻った伝説があり、その後この日は女性が浜辺に行き、潮に手足を浸して不浄を清め、健康を祈願する行事となった。
・・・が、今は意味合いが忘れ去られ、重箱にお弁当を詰めて潮干狩りを楽しむ日になったのだ。
そう、一年中でもっとも潮の干満が大きい時期だ。つまり、潮が引くのも一番引いて、インリーフが一番露出するわけだ。しかも、内地のそれとは違って、熊手なんか役に立たない。道具は、ハンマーやバール、ドライバーなど。つまり、硬いサンゴの岩を割って、中にいる貝類を獲るのが目的だ。
ただ、現在は資本主義という名の下に、金になるものは何でも商品化して、この浜下りも商品にしている輩がいる。
最強、最悪は、やや大型の船で沖から海岸に接岸し、数十人、(フェリーで数百人の時もあったが)がサンゴをボキボキ折って(本島ではサンゴ自体が少なくなったが)踏みつけて、沿岸のシャコ貝、タコ、サザエ、タカセガイ・・・その他食べられるものはごっそり持ち帰ってしまうのだ。
これは、言い方は悪いが沖縄の伝統文化に名を借りた、公に認められた環境破壊のような気がしてならない。
その昔なら、自分が食べる分だけ獲っている分には、どうってことはなく、本当に海の恵みで、しかもそれなりの感謝もしていただろうが、最近のそれを見ていると、どう見ても根こそぎ獲るだけとって海への感謝も忘れ、資源の枯渇にもつながりそうな勢いだ。
やはり、資本主義の弊害を考えて、教育という話しの前に、自然への畏怖や感謝を小さいときからしっかり親から子へ伝承しなくてはならない気がする。
今でもあらゆる環境破壊のしっぺ返しが目の前に起こっているが、政治家は相変わらず経済活性、経済発展を一番に掲げているが、その先に幸せな未来はあるのだろうか。
幸せは金で作れる、と国が国民に言って聞かせているようなものだ。
もっと、国が率先して心の勉強を掲げないと、本当の幸せは遠い気がしてならないね。
また、小言をいってしまった。
PS,昨日、沖縄でこの浜下りの最中にお亡くなりになった方3名に対し、この場を借りて、ご冥福をお祈りします。
合掌
2007年04月09日
お釈迦様の誕生日
昨日4月8日は、お釈迦様の誕生日だった。って、皆知ってた?
日本は古くから八百万(やおよろず)の神といわれるほど、多神教で、ある意味懐の広い人種かもしれない。なぜなら、正月は神社へ参拝、お葬式はお寺、年末はXmas・・・。
だから、あまりお釈迦様の誕生日までは知られてないのかもしれないね。
そしてまた、お釈迦様が悟りを開いてその後広めた仏教は、キリスト教、イスラム教と並ぶ世界3大宗教の一つだ。我々人間は、知人・友人・家族の誕生日をこぞってやるけど、そこまでメジャーなお釈迦様の誕生日は知られてないね。
自分も特にはやらなかったが、朝家族に「今日はお釈迦さんの誕生日だよ」っていうと「だから、沖縄の人は清明祭(シーミー)やるのかな、って。
ただ、清明祭(シーミー)はこの日だけでなくしばらくの間、先祖供養を目的にやるのだけど、古くは中国の影響でやっていたので、元々の目的はそうだったとしてもおかしくはない。
でもきっと違うんだろうけどね。
こうやって、たまには古くからの風習や行事を考えて見るのも大事な気がする。
昨晩、テレビで映画の「男達の大和」をやっていた。実際の映画も見たが、また色々考えさせられた。
ずいぶん前に、鹿児島の知覧(特攻で亡くなった方の遺書や遺品を見れるところ)にいったとき、確か会館の入り口に、沢山の若い特攻兵の魂がお釈迦様に見とられながら成仏する様を絵にしたものを見て、いまだに強いショックと凄い絵だなという印象を持って見た記憶がある。あの映画を見てそのことを思い出してしまった。でも、なぜか心は洗われる絵だったな。どこかでまた見れないかな。
たまたまかもしれないが、お釈迦様の誕生日に、今の日本を考えさせられるとは・・・。
死を覚悟して、それでも日本が敗戦することで本当は何が大事かがわかり、未来の平和な日本を作れるのなら、と死んでいった魂達のことを我々は忘れないようにしなければなるまい。
2007年03月22日
沖縄の結婚式

先日、知人の娘さんの結婚披露宴に招かれ参加させていただいた。
「今回は少なくしました。」っていいながらご招待を受けたのだが、「何人ぐらいのパーティですか。」って聞いたら「300人」って、すごいね。
まず、指定のテーブルはあるのだが、席次がないのでそのテーブルのどこに座ってもいいらしい。
そんでもって、着席して周りを見渡すと、未だ始まってないのに酒を飲んだり食事(既に食卓上に料理があった)をしている。
内心ホンマにええのかな?って思っているとウェイトレスさんがきて「お飲み物は何にします?」って。
「もう、飲んでもいいの?」って聞くと、何をいまさらって顔で「ええ、どうぞ」って。そんでビールにした。
隣に知り合いの方がいたのでおしゃべりしてるといつの間にか始まってた。そのくらい始終なごやかでかしこまった雰囲気がないのがいいね。でも、我々はリラックスできてよかったけど、周りも親戚や同窓会やの集まりみたいで楽しい雰囲気。

お約束の琉球民謡からエイサーそして新郎新婦の友人による余興が続き、その合間をぬってお色直しなどなどで、盛りだくさんの披露宴。この辺までは内地の披露宴とさほど変わりないのだが、やはり出ました!

そうです。カチャーシー。老いも若きもお父ちゃんもお母ちゃんもステージに上がって踊りに踊る。
もちろん、新郎も花嫁も両家のご両親もなんか沖縄の血が騒ぐって感じでここだけは文化の違いを感じるところだった。確か男性はこぶしを握って、女性は握らないのが一般的だったはず。
その後、新郎新婦と両家のご両親が前面で挨拶~花束贈呈(確かしたと思うが少し酔ってて記憶が定かでない)して終了、みなさんご苦労さん。
いや~、沖縄の結婚式は最初から最後までテンション高め。
でも、全体的にリラックスムードというか儀式というより宴会の要素が多く、個人的には好きだな。
ただ、これから結ばれる二人の神聖な儀式としては(結婚の儀で既に済ませているのだろうが)・・・若い二人だからあまり関係ないか。老婆心、老婆心。
ということで、本日は、見たまんまの沖縄の披露宴ってことでブログに記録しておこう。
2006年05月08日
黄金週間顛末紀!

怒涛のごとく、ゴールデンウィークが走り去った。
連日、全国から沖縄へおいでいただいた方々、お疲れ様でした。
皆無事に帰ったかな?今頃思い出と疲れが出て、まだ社会復帰してないかな?
前半は、ちょっと天気が崩れてしまったが、来て頂いたゲストになんとか最高の自然を提供したいという思いであった。最高とまではいかなかったが少しその思いが通じたのかなんとか天気も戻り自然を満喫していただけた。
その点、やはり沖縄の自然はすごかった。一時的に凄い雨が降ったにもかかわらず、この滝だけは濁らなかった。この辺だけはまだ自然の循環がうまくいっているのかもしれない。他の滝は全滅で真っ茶色であったのに・・・。

色々,おめでたいこともあった。何組ものリピーターのゲストが来てくれて、中でもK谷さんはダイビングの200本目を当店で達成していただけ、ささやかなお祝いをさせていただく。このゲストは150本目も当店なので250本目300本目と永いお付き合いをさせて頂きたいものだ。水中での写真、近々送りますよ~!
それからダイビングショップのグループも、引率リーダーのスタッフが誕生日ということで大きなケーキでお祝いだ。気遣いのあるやさしい女性スタッフK地さん、これからも頑張れ~!
日帰りのU&Kアベックも2度目の体験ダイブでのご来店、次はCカードをとってのダイビングしようね!
リピーターといえばかれこれ5~6回きていただいているK藤さん。
次の日がなければもっとお付き合いが出来たけど、今度は朝までいけるかな?

当店を連日ご利用のゲストが中心の打ち上げBBQ.おいしいものお腹一杯。島酒(泡盛)ガンガン。次の日皆大丈夫か~?
おっちゃんも久しぶりにいい気持ちだったよ~ん。

最終日は、おいらの誕生日をちょっといい感じのビーチにお呼ばれして祝ってもらった。
今日から五十肩って言わなければならなくなって複雑だけど、ますます人生が面白く感じられるのはいいことかな。
でも半世紀・・・感慨深いね。
気持ちは、まだ三十代だけど・・・体は確かに老いてきたのかな。体にもご苦労さん。
そのほか日帰りのゲストもたくさんいらっしゃったけど、じっくり話せた人、そうでない人、担当やアクティビティが違ってお会いできなかった方々、喜んでいただけたでしょうか。
この場を借りて、感謝申し上げます。
ご来店のゲストの皆様、本当にありがとうございました!
またのご来店をお待ちしております!!!
2006年03月16日
わぁ、デジタル事件だ。本当に申し訳ないです!

いや~!本日気がつきました。ブログ発刊以来約半年間、全く気がつきませんでした。
実は、皆さんからのコメントがきているのにその見方と言うか、見るところを今日はじめて知りました。
「そんなあほな」・・・いや事実なんです。
ここが、アナログ人間たる所以だね。
よ~く自分のブログの下の方を見ていたら「コメント」って小さく出ていてその直ぐ右に(1)ってでてたブログを試しに開いたら・・・!・・・!・・・!、コメントいただいていたんですね。
言い訳になるかもしれないけど、最近mixiなるブログに参加させていただいて(こちらも良くわかってない)他の人のブログを見ていて、コメントが書かれている場所があるんだけど、おれっちのブログへのコメントも当然そういうところに出てくるものと思っていたんだ。だって、現にmixiの知人の方からのブログから、「コメントだしたけど届いた?」ってきたんで。「届いてないね。なんでだろう」っていってmixiブログのフォーマットしか頭になかった。
やっぱ俺様も頭固いね!ブログ始めて半年にしてようやく家内にテストさせて(ブログのコメントを書かせて)わかったってわけ。
そこで、本来なら毎回のコメント欄で1件1件返信すべきなんだけど、ここで皆様全員にまとめて懺悔させていただくことをお許しください。
因みに、下記の方々のコメントが対象です。
2005年11月12日 タイトル「時間と自然」 和歌山高校生徒の皆様
12月08日 タイトル「ジョンレノンの命日」 hiro 様
12月13日 「癒されるそば屋」 えみ様
2006年01月11日 タイトル「遅い正月に、大和へ」 hiroshima-jin様
01月31日 タイトル「日本一早い名護の桜 いるか様
02月08日 タイトル「今、必要な出会い」 いるか様
02月22日 タイトル「どっちが現実」 いるか様

大変、申し訳ございませんでした。デジタル情報化時代に生きる身においては、もっと注意する必要をヒシヒシと感じ反省また反省です。
これが、必然性としたら、「もっと人の恩を感じて、注意深く観察せよ」ということか!と自分の内なる魂に自戒を込め、気づかせていただいた皆様に重ねて感謝申し上げます。
これからは「コメント」欄をみてますので、これに懲りずに気軽にコメントくださいね。
2006年02月17日
バースデイプレゼントは・・・?
昨日は、ワイフの云十回めの誕生日だった。とうとう大台に乗ったって感じだったが、最近の肉体年齢は昔のそれと比べて70%ぐらいという話も聞くので、そう思えばまだまだ若い・・・ってことにしておこう。
我々夫婦は昔ッからプレゼントには物というより、思い出をっというほうなので今回もそういう意味で、前々から行ってみたかったヒーリングに行くことにした。

ヒーリングって奴は見ようによっては宗教的だったり、医療的だったりといわゆる胡散臭い感じをもつ方も多いと思うが、実は人を「癒す」ことなのでそれらとはあまり関係がない。
ただ、人を癒すことで、精神を落ち着かせ本来的な生き方を考えたり、人を癒すことで体が改善されたりするのでそのテクニックを宗教的に使ったり医療で使う人たちも現実にいるみたいだ。
もっとも、イギリスなんかでは健康保険が使えるほど国が理解しているケースもでてきている。
ともあれ以前より興味のあった分野で且つめぐり合わせで、あるヒーラーとも出合ったので丁度誕生プレゼントと思い、一緒に出かけた。
ワイフもこの世に生まれてきた自分の役割やこれからの生き方について何か発見したいらしく、興味津々わくわくどきどきで訪問した。
ヒーリングも色々なアプローチ・テクニックがあるらしいが今回は、ヒーリング中はず~と覚醒しており(意識がはっきりしている)イメージとひらめきの中でプラスの方向へ気持ちをいざない終了するというセッションであった。
実は、自分も自然解説をしていてもっと人を癒したいなって思っていたので、できればそのアプローチの仕方やヒントを求めてやってきたのだ。
コツは、ヒーラーの彼も言っていたが、リラックスさせることに集中していることだろう。
自然界はそれ自体が癒し効果を持っているので環境はあるし、その上リラックステクニックを使えばさらに心を開きコアな話しを受け入れてくれるのではないかと思っている。
ともかく、当の本人はうとうとしながら小さな寝台の上で、気持ちよかった~といっていたので、よかったのだろう。
帰りの車の中では「イメージに出てきたバラはどんな意味があったんだろう。質問しても応えなかったのは心を閉ざしていたのかな~・・・」等などセッションの分析を話し合った。
結局潜在意識が表現した数々の事柄が何を意味するものかはすぐにはわからず、じっくり考えたりして後でわかるものなのかもしれない。
本当は、前世でこんな人物だったとか、そのことが現在にカルマとして現れている、などと過激な話しをひそかに期待していた自分だが、それほど甘くはなかったな。
これにもやっぱり段階があるということで、徐々にやっていったほうがいいということだ。
でも、初めてのヒーリングを受けた感じとしては、さらに前向きになれたし、知ってるつもりのことを第三者から言われて確信を深めたりとなにか新鮮な気持ちがした時間だった。
また、ヒーラーの彼もおどろおどろしい感じではなく、話しやすい親しみやすい人だったのがよかったのかな。
最後に印象に残ったのは「自分の目の前に現れる人物で嫌な奴って思ったら、それは自分の中にある乗り越えなければならない自分なんだよ。」ってことだ。理解はしていたが人から言われると改めて考えさせられた。
これから「こいつ、嫌な奴だな。」って思ったら、磁石と一緒で同じだから+と+は反発するってことなんだろう。
自分の中にもこういう自分があることを真摯に受け止めて変えていかなくちゃね!
毎日修行だ、人生は・・・!!
2006年01月01日
2006年の幕開け!~クルーズ~



皆様、新年明けましておめでとうございます。
いや~、沖縄はいい正月です。ど快晴その上暖か~い気持ちのいい元旦だ。
早朝は小雨混じりのどんよりした天気だっただけに、我ながら晴れ男を再確認する。
今日は、体験ダイビングやカヤックとは別にヨットクルーズにいってきた。
ヨットの中でもカタマランという、双胴船の豪華ヨット。
写真のようにヨットが二つくっついているような感じなので、安定性抜群!
なんといってもエンジンじゃなく(港内以外は)帆で走るので、波の音と顔をそよぐ風が最高に心地よい。
船上で、「明けましておめでとう!」の乾杯をして体も心もフワフワと走り出す。
その上、遠くの島や船そして青い海が景色を演出し、船旅気分を盛り上げる。
あ~、今年もいい年になりそうだ。はじめよければ全て良し!
今年のスタートに、感謝!
皆さん、今年もよろしく!!
2005年12月17日
宴会は座敷がいい
本日は、当店のXmas&忘年会であった。
県内は糸満からもお出で頂き、県外はなんと横浜から見えられ、(もうちょっとでイタリアからも参加者があったのだがほんの少しタイミングが合わなかったらしい)おかげさまでそれなりに盛会となった。
色々反省すべきところは多いのだが、何といっても正装でのパーティは疲れた。
もう少し若い頃は、少し背伸びして大きなスペースで大勢の人を呼んで盛大にイベントやってたけど、だいたい宴会場って2時間枠なので時間との勝負。来ていただいたお客さんとの話ができない。これはもうやめよって決心したのが6~7年前。
今年は沖縄で初めて正装でのイベントをやってみようかってことで、リハーサルしたり人を集めたりでこれが結構大変なのよ。
やっぱり自分は座敷で宴会料理と、ほろ酔いと、語らいで、欲を言えば温泉入ってさらにつまみと焼酎で語るのが好きだね。
そんな時期もあったんだけど、今回はなんとなく久しぶりにやってみっか!って感じではじめた。
でも、年のせいか、今まで程気負いがなくってパーティが終わってしまえばいいイベントだったね。
2次会もかなりの人が来てくれて、色々話せたし(3次会で朝まで行った人もいたらしいけど・・・)なんかほんと久しぶりに飲み会って感じがした。
なんだろう、昔よくいった歌舞伎町での酔った感じとも、中州とも、北新地とも違うやっぱり名護の夜が緑街と共にふけていく感じがよかったのかな。
でも来年からは、絶対座敷で宴会!今からいい感じの癒される座敷を物色しよう。ひょっとしたら、温泉ツアーなんかもいいかな。誰か来てくれるかな。やっぱこういうのって日本人の遺伝子がそうさせてんだよ、きっと。
今日は、なんだか飲んだくれの日記みたいになったけどそうじゃないんだ。年の瀬がそうさせてんだ。
もうちょっと、頑張ろうね。ご同輩!
2005年12月08日
ジョン.レノンの命日
今日は、あのジョンレノンの25回目の命日だ。
そうか、25年もたったんだなぁ。

あの日、社会人になって希望に満ち溢れて仕事をしていた12月8日、親族以外の死でこれほど落ち込んだ日はなかった。
たしか、仕事先で車に乗って「えっ、何?」「まさか」って思って車を止めてラジオに集中したんだよな。
そして、どうやら事実らしいと知ったとき心の中がど~んよりしたのを覚えている。
高校時代より大のビートルズファンで、どちらかというと当時はポールマッカートニーのほうが好きだった。
ジョンは哲学的なメッセージが多く当時の自分は勉強不足でポップで明るいポールを支持していたようだ。
しかし、だんだん世の中の矛盾を感じるようになって、ジョンのメッセージが心に染み入るようになったんだ。
ビートルズで世界中の脚光を浴び、実力も最高、金も手に入った。名誉(女王から勲章受賞。後に返還)も地位もそして幸せも手に入った。
でも、生老病死。人は誰でも死んでいく。そう、ジョンのようにいきなりこの世から消えていく。全てを手放して・・・
そこから、自分の中で本質探しが始まった。
困難って何?努力って何?偶然って何?死って何?平和って何?幸せって何?人生って何?人間って何?・・・いまでもわからないことだらけ。
ただ、自分に対してそれらを言葉として説明できる知識はこの長い時間で少し得たような気もする。
これからは知識を知恵にして生きていきたい!
ジョンがよく使ってたLove&Peaceって当時誰もがよくのりで使ってたセリフだが、そんなに軽いもんじゃない。
深~い深~い意味がある。
ジョンの魂を頭でわかろうとせず、体で表現して生きて生きたいね。
そう、今日は25回目のジョンレノンの命日。
2005年11月09日
初体験
何が初体験かって?まさかこの年で・・・そりゃないよ!(聞いてないってか。申し訳ない。)
実は、もう3ヶ月ぐらいずっと左肩が痛んでおかしいので、最近整骨医院に通っている。
といっても今日で3回目。
前回の2回はマッサージと保冷&保温、そして特殊な下から泡が出るウォーターベッドの治療であった。
これはこれで徐々に良くなった感じがしたのだが、今日はなんと、人生初の針治療だった。
何だ大げさな、というなかれ。こうみえても今まで病院にはあまり縁がない上に、親からもらった大事な体には手を加えないことにしている。
自分の体には異物を入れることを拒んできた男だ。ピアスはもちろん、めがねも遠視だけどかけない。ちょっと関係ないかもしれないけど、指輪やネックレスもだめなのよね。常に生まれてきたままでいたいひとなんだ。
だから針を自分の体にいれるなんざ、ず~と考えてもみなかった、ってわけ。
痛いからっていうよりも、本来体の中にないもので治すことに抵抗があった。
注射は瞬間だけど、針は数分入れっぱなし。当然注視することができないので、今回のパチリはなし。
しかし!よく効いた!痛みがなくなり肩が軽くなった。病みつきにはならないけど、見直したよ。
それにしても、ここの先生、いい人なんだ。
東洋医療って前から関心があったんだけど、人の心をよく観察してるって言うか感じ良いんだ。
西洋医学もいいんんだけど、どうも部品交換的な感じがあって悪くなったら、その部分だけを治療し手術し、薬を投与するやり方が積極的になれないんだな。
東洋的治療って体全体のバランスを考えるので左肩のある部分が悪いのに、もっと広い範囲の筋肉の緊張をとったり、強化したりして本来の体にしていくというのが自分には向いている。
とはいっても、緊急的な治療は西洋医学が早く対応できるので、両者をうまく使うのがいいんだね。
そしてこの医院のすごいところは、治療費が安い!こんだけしてもらって、なんと350円!医院にはジムもあるのでそのうちそちらも使ってみたい。
お勧めの治療院だ。関心の有る方はご連絡いただければお答えできます。
それでは・・・
2005年10月12日
ハッピーバースデイ
昨日が愚息の11歳の誕生日、本日がスタッフの32歳の誕生日ということで、おめでとう!
生まれてきたときって、誰もが貴方をお祝いし、喜んでくれたことを忘れちゃいけないよ。
そして当事者は、それら期待に応えることで誕生日を祝う側に心底祝福してもらえるような気がする。
人が生まれるって、他の生物とはちょっと違うんだ。それは、人間は世の中を良くしたり、発明したり、救ったりとすごいことが出来る力を持って生まれてくるわけだよね。
だから、そのある種役割を持って生きているので成長するにしたがってどこかでそれをやってみたいと思うのではないだろうか。有名なマズローの5段階欲求の法則でも人の欲求の度合いは成長するにしたがって、崇高な欲求が芽生えることを示唆している。つまり、最後は「人の為になることをしてあげたい」と思うようになるらしい。(昔、私はその本を読んでそう解釈したが・・・)
自分も含めなかなかそうならないのは、成長が足りないのかな、やっぱり・・・。
とにかく、これからは成長した人を祝う日、そう思って誕生日をしてはいかがだろう。
成長してない人がいたら・・・?もちろん心の中での話なのでお付き合いは普通にしないとね。
でもやっぱり愚息には、「もっと成長しろよ」的なことを言った親父でありました。
2005年09月17日
やっとブログスタート!
あ~、本当は、2日前にスタートしてるはずだったが、やっぱりアナログ時代を生き抜いてきた私にはブログスタートは色々な障害が多すぎた。ともあれスタートだ。
実は2日前というのにこだわったのはわけがあった。
ひとつは恥ずかしながら伴侶を伴って20年の歳月が流れた日であった。何をするわけでもなかったがプレゼントなんてしても物が増えるし身につける装飾品はしない主義だし、ここはやっぱり子連れでもあるので月並ながらおいしいものでも食べに行くかと、前々から行きたかった名護の閑静な住宅街の川のほとりの季節料理屋さんにいった。ここは穴場であった。和食中心でおいしかった。工夫というのが好きな私にとっては、このお店のたたずまいや料理そしてサービスにそれがなされていた。あたり!って感じだ。久々にね。
もうひとつは、
そうもうひとつは、忘れてはならないある方の命日。忙しくなりそうだったので少し前に供養は済ませておいた。
そんなわけで、この日はおめでたいことと、厳粛にすべきことが重なっているので毎年、忘れることのない大事な一日になっている。
その日にブログスタートができなかったのも何かの必然性だろう。少しあとになって考えると大体の事柄は「だからあの時はあれでよかったんだ。」ということになっている。
なぜかって?それはこれからのブログで必ず書かなきゃならないときがくるんじゃないかな。
ん~、何とかスタートした!
今日はこの辺で。
