2007年03月22日
沖縄の結婚式

先日、知人の娘さんの結婚披露宴に招かれ参加させていただいた。
「今回は少なくしました。」っていいながらご招待を受けたのだが、「何人ぐらいのパーティですか。」って聞いたら「300人」って、すごいね。
まず、指定のテーブルはあるのだが、席次がないのでそのテーブルのどこに座ってもいいらしい。
そんでもって、着席して周りを見渡すと、未だ始まってないのに酒を飲んだり食事(既に食卓上に料理があった)をしている。
内心ホンマにええのかな?って思っているとウェイトレスさんがきて「お飲み物は何にします?」って。
「もう、飲んでもいいの?」って聞くと、何をいまさらって顔で「ええ、どうぞ」って。そんでビールにした。
隣に知り合いの方がいたのでおしゃべりしてるといつの間にか始まってた。そのくらい始終なごやかでかしこまった雰囲気がないのがいいね。でも、我々はリラックスできてよかったけど、周りも親戚や同窓会やの集まりみたいで楽しい雰囲気。

お約束の琉球民謡からエイサーそして新郎新婦の友人による余興が続き、その合間をぬってお色直しなどなどで、盛りだくさんの披露宴。この辺までは内地の披露宴とさほど変わりないのだが、やはり出ました!

そうです。カチャーシー。老いも若きもお父ちゃんもお母ちゃんもステージに上がって踊りに踊る。
もちろん、新郎も花嫁も両家のご両親もなんか沖縄の血が騒ぐって感じでここだけは文化の違いを感じるところだった。確か男性はこぶしを握って、女性は握らないのが一般的だったはず。
その後、新郎新婦と両家のご両親が前面で挨拶~花束贈呈(確かしたと思うが少し酔ってて記憶が定かでない)して終了、みなさんご苦労さん。
いや~、沖縄の結婚式は最初から最後までテンション高め。
でも、全体的にリラックスムードというか儀式というより宴会の要素が多く、個人的には好きだな。
ただ、これから結ばれる二人の神聖な儀式としては(結婚の儀で既に済ませているのだろうが)・・・若い二人だからあまり関係ないか。老婆心、老婆心。
ということで、本日は、見たまんまの沖縄の披露宴ってことでブログに記録しておこう。
2007年03月06日
親の気持ち

下の子が市内の六つの保育園の合同でエイサー大会をやると言う事で、父兄参観しに行った。
自分の年齢からすると既に成人した子供がいてもおかしくないのだが、なぜかしばらく子宝に恵まれず、東京を離れてしばらくしてから上の子が生まれた。
これも、必然性だと強く思うことがたくさんあって、もし東京にいるときに子供ができていたら、今この沖縄にはいなかっただろう。だって、あの頃カミサンが育児に専念したとしたら、生活の安定を求めてサラリーマンを続けていたかもしれないからだ。本当に人生不思議なものだ。
不思議ついでにもう一つ、昔はそれほど子供に関心が無かったのだが、自分の子供ができると不思議に他の子供にも関心がわき、しぐさを見ては愛らしくなってきたものだ。
それは、大人社会の利己的側面ばかりを見てきたからか、子供の無防備な損得抜きの反応や受け答え、感情の動きに癒されているような気もするからだ。
さて、今日はたくさんの幼児がでてきてエイサーを踊っていた。
最近はどの親もビデオカメラとデジカメでわが子を追っていて、さながらにわか報道陣が大挙押し寄せたような会場だった。もちろん、その中には自分もいたのだが・・・。
そんな中、わが次男坊は小学1年生にして学童保育に通っている為、他の保育園児に比べるとややおにいちゃん的振る舞いにみえてわが子の成長に親ばかな自分を思うのであった。
まだまだ赤ちゃん赤ちゃんしていたと思ったら、段々一つ一つの動きが人間として出来上がってきている動きに思えてきた。
「う~ん、なかなかしっかりしているじゃん。」って口をつくのであった。
それにしても、親もたいへんだ。
沖縄に限らず、こういう日はおじい、おばあ、親戚も小さな子供の為にエネルギーをほとばしらせる。
この頃ようやく、自分の親の気持ちがわかったような気持ちだ。
仕事や家事の忙しい中、気紛れな子供の芸事に時間とエネルギーを費やすのだから・・・。
自分も小さい頃、こういう時母親の存在を探していたような気がする。
「お母さん、今日は忙しいって言ってたけど、きてくれてるかな?」ってね。
そして来てくれてた時の嬉しさは当時の自分は表現力に欠けてはいたけど、いまだに覚えているってことはかなり嬉しかったんだろうな。
今は遠いところにいる母を思い、気づかせてくれた我が子へ感謝しよう。
