« 2005年04月 | メイン | 2005年06月 »
2005年05月30日
エイサーは亡霊???
ウチナーンチュ(沖縄の人)にとって、夏といえば「海」、「ビーチ」ではなく「エイサー」!
各地域の青年たちはだいたい2ヶ月前から公民館などで練習を開始しますので、夏の間中、毎夜のように太鼓の音が響き渡ります。
どこかで太鼓の音が聞こえたら、音をたどっていくと必ずやエイサーの練習風景を見ることができるはず♪
ところで、本来のエイサーは旧盆の奉納舞。なのに、男女の恋をあつかったモーアシビ(毛遊び=野遊び唄)、または子孫繁栄・豊年満作を祈る内容の唄が多いのはナゼ???
実をいうとエイサーの起源は浄土宗です。1603年、琉球の国にやってきた浄土宗の袋中上人が、布教のために経典を分かりやすく念仏歌にしたものがエイサーの始まりだと言われています。
庶民芸能が根付く沖縄、エイサーの担い手は若者たち。となると、単調な詩とメロディーで成り立つ念仏歌には飽き足らず、新しい形を生み出して今に至ったと……。
それでも、気になるのが「エイサーとは何ぞや」。というか、エイサーを踊る人たち(エイサー臣下=エイサーシンカ)自身は何を演じているのか、です。
諸説ありますが、その1つが「あの世からの亡霊たち」という説です。「エエー?」ですよね。
毛遊びや子孫繁栄の歌とは別に、エイサーで欠かせない歌の1つ「仲順流り」に、その痕跡が見てとれます。
なかでも、古い形のエイサーを今に伝える「やんばる地域」には、「親の恩」(ウヤヌグウン)、「庭念仏」(ナーニンブチ)、「親の御菩提」(ウヤヌグブライ)といった念仏歌が残っています。とくに、先祖供養のみを目的とする与座のエイサーで歌われる歌詞は、八重山のアンガマとほぼ同じです。
八重山のアンガマには、あの世からやってきた祖先の霊(来訪神)という説があります。となると、沖縄のエイサーシンカも同じだということになります。
昔のエイサーシンカは、男女ともに頬かむりをしていたそうです。この世の人があの世の人に化けるためではないかと言われていますが、ここにも八重山のアンガマと共通したものを見て取れます。
アンガマについては石垣島発・私設かってに観光協会に、写真と解説がありました♪




銀天街には首里王府ご用達の菓子処だった由緒ある菓子店「御菓子ながやま」があります。








